ほしの… (2003/10/18)


えー、なにから書きゃいいのかわかりませんが、とにかくプロ野球に関するうわごとでも書いていこうかと。いろいろ暴言もござんしょうが、なにとぞお見知りおきのほどを。

昨夜よりの星野監督辞任騒動なんですけどね、やっぱこの話題から入らなきゃしょうがないわけで。

あ、ここでひとつはっきりさせておきたいのですが、私は阪神の支持者です。ファンと支持者、何が違うのか?それはまたおいおい。
とにかく12球団で一番我が事のように感じるのが阪神なわけでして。

だからもうね、昨日の、何時くらいだっけなぁ、ネットで第一報を知った時は心臓が飛び出るくらいビックリしましたよ。
さっそくね、唯一野球の濃い話題ができる友人に電話をしたわけなんですけど、もう2人とも絶句ですよ。またうまい具合に『すぽると』のゲストが野村克也前監督でしょ。いやあまりにも出来すぎというかね。よりによって、なんだってこの日だったんですかねぇ。

で、今朝ですよ。
なんか各スポーツ紙とも辞任決定みたいな書き方だしね。というか決定なの?星野監督のコメントはないんでしょ?あ、フロントが認めているんでしたっけ。
2ちゃんとかみたら
『また暗黒時代に突入?』みたいな意見が多いんですよね。どうなんですかね。そこまで一気に落ちるか普通?落ちるか阪神なら。

私が野球を見始めたのが昭和51年。それからずっとこんなんだからね。別にお家騒動のことをいってんじゃないですよ。
『これでやっと常に優勝争いできるチームになる』と何度思ったことか。そして何度裏切られたことか。そのあたりも今後書いていこうと思うんですけど。
とにかく日本シリーズが始まるのです。しかしまぁ、こんな心境で日本シリーズを観ることになろうとは…。ホントに阪神だけは油断も隙もあったもんじゃありませんな、まったく。


第6戦までは (2003/10/20)


あー、2連敗ですか。
一応ね、『阪神の支持者です』って宣言しちゃいましたからね。
今さら『おー、ホークスば、2連勝ばしよらしたねー!やっぱ阪神なんか敵やなかったとよねー』なんて書いても…はぁ…。

なんともウソくさい博多弁のセリフを書かせていただきましたが、昔、3年程福岡に住んでいたことがあるのですよ。1999年のダイエー初優勝の時も福岡にいたっけ。

ホークスといえばもともと大阪の球団ですからね。(あ、私の出身は関西です)しかも日本一の瞬間は、西鉄福岡駅のPVで観てたし。だからホークスにはそれなりに愛着はあるのです。

だからといってね、やっぱ阪神に勝ってもらわないと…。

いや、明日からはきっと勝ってくれることでしょう。絶対第6戦まで行ってくれないと困るんです。
なぜ第6戦かといえば、幸運にも第6戦のチケットが手に入ったのです!おかげさんで福岡の友人が入手に成功したので、私に回ってきた次第なんですよ。

こうやって日本シリーズが観に行けるのもホークスが優勝したおかげ。だからホークス頑張…いややっぱ頑張っちゃヤだ。

というわけで来週の土曜は福岡ドームです。わざわざ東京から(あ、現在東京在住です)飛行機に乗って福岡まで行ってまいります。でも、万が一、土曜日の試合がなかったら…。
いや!そんな弱気でどうする!勝ちたいんや!ネバーネバーネバーサレンダーや!(ヤケクソ)…下柳、頼むで…。


やっと、やっとです! (2003/10/22)


勝ちました!いやー、よかったよかった。ムーア!吉野!そしてモンキー!! 素晴らしい。貴方たちは本当に素晴らしいです!

浮かれすぎですか?だって第4戦で決まっちゃ、面白くないでしょ?だからシリーズが盛り上がるように…ウソついてました。ホントは、支持者として、ただ阪神が勝ったのがウレシイだけなんです…。

実は負けてる間、一度だけ更新しましたが、更新用の文はずっと書いていたんです。
でもうまく書けないんですよね。気分が乗ってないから、文のノリもいまひとつ悪い。だからアップしなかったんです。

しかしですね
吉野ってあんないいピッチャーだったんですね。不覚にも気付きませんでした。だってあの吉野ですよ。どうみても病室から抜け出してきたような、顔色の悪い(実際は悪くないけど)吉野ですよ。『ウエスタンリーグで150Km/h出したことあるんですよ』などという滑稽なことを平気でいう吉野ですよ。

それがどうでしょう!まさに一世一代のピッチング!いや明日からもあのピッチングしてもらわなきゃいけないので、一世一代では困るんですがね。

さ、これで気分的には五分です。
私は金曜日の早朝、福岡に向かいます。すこぶる良い気分で飛行機に乗れるよう、第4戦もスカッと勝っていただきましょう!


信じられないけど本当なんです (2003/10/25)


福岡にやってきました!すごいですよ、こっちは。まさにダイエー一色です。

ただねぇ、ビックカメラの店員までホークスのハッピを着ているのはねぇ。巨人ちゃうかったんか!とツッコミのひとつも入れたくなりますよ実際。

で、おとつい、きのうなんですけど、ちょっと興奮しすぎてサイトの更新まで気がまわらなかったわけで。申し訳ない。

いやー、なんといったらいいのか。特におとついですよね。あれだけ心臓に悪い試合はちょっとないですよ。
公平にみて、僕が観たゲームベスト5に入るんじゃないですかね。

終盤はもう一喜一憂の連続でしたよねぇ。この試合をみて、あー面白い試合だったなぁ!って喜んでいるヤツは阪神の支持者じゃないですよ。本当の支持者ならひとしきり涙した後(恥ずかしながら、ベース一周する金本をみて落涙してしまった)、くたくたになって放心状態になるもんですよ。

試合がおわって一時間後くらいに友人から電話があったんですけど、まだ息切れしてましたからね。

で、いよいよ明日です!まさかまさかの3連勝で、阪神は王手をかけて福岡に乗りこむわけです。そしてその試合を生で観戦できるとは、もう私は三国一の幸せ者です!

あらためて私にチケットをまわしてくれた友人と、ヨド○シカメラの抽選で見事チケットを引き当てた友人に心から感謝します!


心の底からありがとう!タブチくん (2003/10/29)


すいません。今回は余裕がないので、ふつうの言葉で書きます。

どうも私は『応援する』という行為が苦手だ。そもそも彼等(この場合はプロ野球選手)は私などより数段努力しているのは明白であり、その私が彼等を応援するのは、一種の侮辱行為のような気がしてならない。

だから『阪神ファンですよね?』といわれると閉口してしまう。応援しない私がファンというのもおかしな話だし、一般的にいわれるような、メガホンを打ち鳴らしながら大声で声援をおくる阪神ファンの人からしても、私を同類にされることを好まないであろう。

自分が阪神を贔屓しているのは間違いないのだが、阪神ファンとは違う。そこである時から『支持者』という云い回しをするようになった。
要は政党の支持者と同じと思ってもらえればいい。たとえば自民党の支持者の場合、選挙があっても、自民党を応援したりしない。しかし勝ってほしいと念じているはずだし、勝てばうれしいに違いない。

私の阪神に対するスタンスは、まさにそれだ。応援はしない。でも勝ってほしいと思うし、優勝でもしようものなら涙のひとつも流してしまう。


そんな私も、幼少の頃はもっと純粋に阪神を応援していた。

子供の頃、私にとっての最大のスターは田淵選手だった。

昭和51年、生まれて初めての野球観戦は、なぜか阪急=南海戦だったが、その次が阪神=中日戦だった。

この試合、阪神は負けたのだが、唯一の希望は、田淵がホームランを打ったことだった。子供心にものすごく救われた感じがしたことをよく憶えている。

そして3回目のプロ野球観戦。この試合で私の野球好き、阪神好き、そして田淵好きが決定的なものになる。
なぜなら、この試合で、田淵が広島・池谷投手から逆転サヨナラ3ランホームランを放ったからだ。

本当に打ってほしいところで打ってくれる、幼少時代の私にとって田淵とは、そんなミラクルヒーローだったのだ。

『誰のファン?』と聞かれれば、なんの屈託もなく『田淵!』と答えていた。阪神のユニホームを模したパジャマの背番号は、もちろん22番だった。

しかし田淵がヒーロー然としていられた期間は短かった。私が応援しだした頃からすでに太りだしていたが、翌52年からは成績が伴わなくなってきたこともあり、次第に嘲笑の的になっていく。

その嘲笑をより具現化したのが『がんばれタブチくん』で、作者のいしいひさいちはヤクルトファンだったらしいが、田淵はタブチくんとして、タイガースはタイガー<ズ>として、徹底的に揶揄していく。

どんなに揶揄されようが、阪神が弱かろうが、田淵が阪神にいる間は、私はまだ幸せだった。しかしついにそんな小さな幸せも終結を向かえる。

昭和53年オフ、田淵は古沢とともに西武ライオンズにトレードになったからだ。

このオフには日本中の注目を集めた『江川問題(俗にいう空白の一日)』があり、阪神の監督はD・ブレイザーに、田淵・古沢との交換で真弓・若菜・竹之内・竹田が入団、そして江川問題のあおりで、巨人から小林繁も入団した。

当時小学5年生だった私も、ああ、阪神が変わっていくんだな、と思わざるをえなかった。

私の中では、いくら打てなくても、それでも田淵は阪神の象徴であり、その田淵がいない阪神など想像できなかった。

たしかに掛布はいた。しかし私にとって掛布とは、田淵あっての掛布、であってチームの中心となるにはなんとなく頼りない感じがした。
(余談だが、翌昭和54年、掛布はチーム新記録となる48ホーマーを放って見事ホームラン王に輝き、私の不安を払拭してくれる)

西武に移籍した田淵は、全盛期の成績を取り戻すことこそできなかったが、日本一を経験するなど、それなりに充実していたのではないか。

その後、ダイエーの監督になるなどしたが、そんなことはどうでもよかった。私にとって重要なのは『田淵の阪神復帰はありえない』ことであった。

ずっとそう思いこんできたから、2001年暮れ、星野監督誕生とともに田淵が打撃コーチとして阪神に復帰する、というニュースには耳を疑った。
もちろん田淵と星野の友好関係は知っていたし、でも、だからといって、本当にそんなことが起こることがにわかに信じられなかった。

しかし、本当に田淵はチーフ打撃コーチとして阪神に帰ってきた。

打撃コーチとしての功績は、私があらためて書くまでもないだろう。田淵が評価されている、という記事はもちろんうれしいのだが、あのタテジマのユニホームに身をつつんだ田淵をみるだけでも、たびたび落涙しそうになった。

『星野勇退』との報道があった時、私はとっさに『田淵は!?』と考えた。叫んだというほうが正しいかもしれない。

星野の勇退は悲しい。悲しいに決まっている。きのうの談話を聞いても、きょうのセレモニーを見ても、涙があふれて止まらない。
でも、もうひとり、阪神にとって極めて重要な人物も去ろうとしているのだ…。

皮肉にも『阪神時代の田淵』を揶揄した『がんばれタブチくん』が最近文庫化された。あとがきで有栖川有栖が書いている通り、監督とコーチの違いはあれどタブチは阪神に帰ってきた。そして偶然にも漫画にある通り18年ぶりの優勝を果たした。背番号も漫画と1つしか違わない。

田淵はタブチくんであり、田淵はミラクルヒーローである。そして田淵は阪神の象徴でもある。それらのことに、私はなんの矛盾も感じない。


戦い終わって【自分の中で、やっと】 (2003/10/31)


ふぅ。やっと、なんとかかんとか、気分が落ち着いてきたというかね。まぁふつうに書けるんではないかねぇということで更新する気になったんですけど。

私にはずっとある妄想がありましてね。

『ドラえもん』の第6巻に載っている『さよならドラえもん』ね、読んだことある人も多いと思うんですけど。
読んだことのない人のために軽く説明すると、ドラえもんが未来へ帰ることになって、理由はよくわかんないんですけど、まぁたぶんウラでいろいろあったんでしょうね、とにかく帰るというんですね。
それでのび太も最初は引きとめようとするんですけど、でもやっぱり無理で。
ドラえもんとしても、帰ることになったものの、やっぱりのび太が心配なんですよ。
で、こういう所がのび太のエラいところなんですけど、強がってみせるんです。宿題もちゃんとやる。ジャイアンにいじめられてもやりかえしてみせるって。

それからいろいろあって、のび太とジャイアンが決闘することになるんですけど、当たり前ですけど、のび太はボロボロにやられる。

いつもののび太なら、ドラえもんに泣きついて終わりですけど、違うんです。必死にジャイアンに食らいつく。殴られても殴られても、それでもジャイアンにしがみついていくんです。
ここでのび太がいうわけですよ。
『僕が勝たないと、ドラえもんが安心して未来へ帰れないんだ!』(うろ覚え)

もう執念ですよね。その執念に圧倒されたジャイアンは、とうとうのび太に降参する。
そこに助けにきたドラえもんに、ボロボロののび太はこういうんです。
『勝ったよ僕』
『これで安心して未来に帰れるだろ?』

これね、ドラえもんを、星野監督、のび太を今岡だと思って読んでみてください。

『阪神が勝たないと、星野監督が安心して辞めれないんだ!』

くだらないかもしれないけど、私は本当に阪神とドラえもんを重ねあわせてみていた。そしてボロボロになった今岡が星野監督に
『勝ちましたよ監督』
ということになると信じていた。

けどそうはならなかった。
ドラえもんは子供のためのメルヘンだけど、阪神は大人のメルヘンだった。
阪神の支持者にとっては残酷極まりない結末でしかなかった。

ただ、これだけはいえると思うんです。
今岡は必死に<あの時の>のび太になろうとしていた。死にもの狂いで勝とうとしていた。
あのセーフティバントを見た時、私は本気でそう思ったんです。

私はずっと阪神の支持者だったんですけど、近年は正直冷めかけていたんです。私に感動を与えてくれるプレイヤーは、カズ山本であったり、秋山であったり。
阪神の選手はというと、さっぱり感動をあたえてくれない。
『俺、なんで阪神支持してんねやろ?』と疑問に思うこともしばしばでした。

でも2003年は違った。

もちろん優勝した、というか強かったということもあるとは思うけど、それ以上にひとつひとつのプレーに何度となく感動させられた。あえて個人名をあげるなら、片岡、金本、藤本、そして今岡…。

阪神ナイン、星野監督をはじめとするスタッフみなさん、本当に感動をありがとうございました。あなたたちのおかげで、もっともっと野球が好きになりました

そしてダイエーナイン、ダイエー贔屓のみなさん、日本一おめでとうございます。5戦以降福岡に滞在し、ダイエーファンを目の当たりにした私としても素直にうれしいんです。
変ないい方ですが、阪神が負けたのは悔しいけど、ダイエーが勝ったのはうれしい。わかっていただけますか?

最後に阪神を贔屓するすべての人へ。
ダイエーを卑下したり侮辱するようなことは絶対にやめてください。あなた方が阪神を愛しているのと同じように、ダイエーを贔屓する人たちはダイエーを愛しているのです。

第6戦が終わった後、私は球場内やホテルのロビーで、何人ものダイエー贔屓の人たちと
『お互い明日はせいいっぱい頑張りましょう!』
と手を取りあいました。だから彼等の気持ちはわかる。彼等も私たちの気持ちがわかるはずです。
阪神には<星野退任>という動かせない事実があるように、ダイエーの場合、最悪<球団消滅>の可能性さえあるのですから…。


…しかし…球場内はともかく、なんでホテルのロビーでまで、私が阪神贔屓ってバレたんだろう。一切阪神関連グッズとか持ってなかったのに…。

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