仙ちゃんの思い出 (2003/12/7)


ちょっと目を離したスキにいろんなことがおこっちゃってねぇ。須永も日ハムに行くみたいだし。

阪神はといえば、キンケード、獲るみたいですね。ついに日刊もあたったか。
このキンケード獲得にあたり、野崎球団社長が
『他球団と競りあったが、星野SDのおかげで獲得できた』
みたいなことをいってたみたいなんですけど、いったい星野人脈ってどこまで果てがないのでしょうか。
でも某2ちゃんでもあったように、星野SDって野手のアタリは少ないのですよね。特にゴメスの時なんか相当カッコ悪かったし。さぁキンケードはどうなりますやら。

星野人脈というかね、この人の人間関係もフシギですよね。中日の大先輩の板東英二を<バンチャン>と呼びすてだし、年齢が下の江夏からは<仙ちゃん>といわれてるしね。なんか基準があるのかしらん。

田淵も江夏も浩二も(たぶん富田も)みんな星野のこと<仙ちゃん>て呼んでるけど、アタシにとって<仙ちゃん>といえば、佐野仙好なんですけどね。

知ってますか、元阪神外野手の佐野のことを。

今の選手にあてはめると、いないなぁ。しいていえば西武の和田なんだろうけど、あんなに数字を残せないし、もっと佐野の方がシュア―な感じがする。
今様にいえば典型的なクラッチヒッター。とにかく勝負強い。数字でいえば.280、15本くらいなんだけど、ここ一番では、当時の主砲である掛布よりも頼りになる感じだったなぁ。

でも地味。仕事は派手なんだけど、チームの顔にはなれないタイプ。全盛期は3番を打ってたんだけど、よく解説者からは
『佐野が6番くらいを打つ打線にならなければ』っていわれてたっけ。

アタシが野球を観始めたのが昭和51年からだから、すでに佐野は入団していて、一軍の試合にも結構出ていたんだけど、はっきりいって便利屋扱いでね。内外野どこでも守っていた。本職は三塁手なのに。

ウチの親戚にいわすと、佐野がドラフト1位で入団してきた時、『これで3塁(手のレギュラー)は埋まった』と思ったらしい。調べてみると、それまでサードは後藤という選手が守っていて、数字も物足りない。当時ライバルである巨人(この当時阪神と巨人は常に優勝を争っていたから、ライバルといういいまわしに説得力があった)のサードはあの長嶋茂雄ですからね。たぶん後藤では(いうちゃ悪いが)相当劣ってみえたはずですよ。

そこに中央大学から<強打の三塁手>の触れ込みで、しかも1位指名で佐野が入ってきたら、そりゃあたしかに期待しますよね。ところが阪神の正三塁手に座ったのが、この年のドラフト6位、テスト生同然だった、掛布だったんですね。

佐野、掛布が入団してから三年目の昭和51年、無名の高卒ルーキーだった掛布はこの年、.325、27本で完全にレギュラーに定着。一方大卒の佐野といえば、さきほど述べた通り便利屋…。まぁ実力の世界とはいえ辛かったんじゃないかなぁと。

しかし翌52年、外野1本に絞った佐野は開幕からレフトのレギュラーに定着。ところがその矢先に川崎球場でフェンス激突というアクシデントに遭遇するんですね。

この日のことはわりと憶えていて(当時小学三年)9回裏ワンナウト、ランナーが1塁にいて阪神が1点をリードしている場面だったと思います。大洋のバッター(名前失念)が左中間への大飛球をレフト佐野が好捕。ここまではよかったんですが、その後フェンスに激突するんですね。

ここから若干話がそれます。

この時センターを守っていたのが池辺という名手だったんですけど、ことの重大さに気付き、<タイムをかけずに>担架を用意するように叫んだんです。
このタイムをかけずにプレーを止めたため、1塁ランナーがタッチアップして一気にホームインして同点になってしまった。当然
『なぜタイムをかけなかったんだ』
とか
『佐野からボールを奪い取って、送球してから救助すればよかったんじゃないか』
とかいわれましたが、それはおかしい。池辺がしたことは
≪プレーより人命を大切にした≫行為であり、どう考えても誉められてしかるべき処置じゃないですか。
それより問題なのは審判ですよ。明かにこれは通常の判断外の事態なのは明白であるにもかかわらず、タッチアップ→ホームインを認めてしまった。アタシも今まで散々ヒドい判定を観てきましたが、これがワースト1です。今考えても、アホかと思いますもんねぇ。
ちなみにこの事件をきっかけに、外野のフェンスにラバーが貼られるようになったそうです。ていうかそれまでコンクリとか鉄板だったのかよ。

話を戻します。佐野はこの後、生死の境をさまよったそうです。(事実は知らんけど)
しかし翌年見事復活。その後はさきほども書いた通り、阪神の主軸をして活躍することになるのです。

ところで、佐野の下の名前は<仙好>と書いて<のりよし>と読むのですが、ファンからは<仙ちゃん(せんちゃん)>として親しまれていました。だからアタシなんか、どうしてもせんちゃんと聞くとこの人の地味な顔が浮かぶのです。

地味地味とかいていますが、この人タイトルを獲得したことがあるんですよ。昭和56年に新設された勝利打点王の初代タイトルホルダーなんですよ。(勝利打点の表彰は現在は廃止)まぁ普段から
『仙ちゃんは勝負強い』
ということが立証できて、阪神贔屓としてはすごく鼻が高かったことをよく憶えています。

一般的には、1985年の優勝を決めた試合での同点犠牲フライが佐野のハイライトなんでしょうけど、個人的にすごい印象に残っているのは何年だったか忘れたけど広島戦ですごいゲームがあってね。
阪神の先発は山本和行で、まず阪神打線が爆発して、しかもピッチャーのヤマカズがバックスクリーンに満塁ホームランを打ったりして楽勝ムードだったんだけど、逆に広島の4番山本浩二に満塁ホームランを打ち返されてひっくりかえされる。
この壮絶な打ち合いにケリをつけたのが佐野でね、たしか延長10回にツーアウト満塁かなんかで、セカンドの左にボテボテの内野安打かなんかだったんですけどね。すげぇ佐野らしいなぁと思って。

もう1試合、これは1985年ですけど、不振に陥った佐野がスタメンから外されるんですけど、ホントに酷かった。初球を打ってはポップフライの繰り返し。いくらなんでも酷すぎると思っていたので、スタメンから外されるのもしょうがないなぁと思ってたんですけどね。
で後楽園の巨人戦。巨人先発の槇原が絶好調で、6回まで阪神打線も完璧に押さえられていて、7回表に満塁のチャンスをつくるんだけど、ここで代打が絶不調の佐野ですよ。正直ウソやろー?と思ったんですけど、あれだけ失敗していた初球をホームランですよ。これにはシビれました。

この人は典型的な読み打ちの人なんですね。コースに絞っているのか球種なのかは知らないけど、狙い球がきたら初球からでもガンガン振っていく。だからチャンスにも強かったんでしょうね。

暗黒時代にね、なぜ阪神はこんなに弱いのか考えたことがあったんですけど、アタシの中の結論は『佐野に相当する選手がいないから』だったんです。たしか。
ああいう、数字はそれほどでもなくても、チームの勝利には常に貢献している選手なんかそういるもんじゃないですけどね。

そういえば…、平塚に佐野的存在にって思ったことあったなぁ。


凋落 (2003/12/16)


今もっとも旬なネタといえば、入来騒動につきるでしょう。

この件に関していえば、悪いのは間違いなく巨人ですよね。
『お前、この間ナベツネ氏はさほど悪い人間とは思えないって書いてたじゃねぇか!』とお叱りを受けそうですが、いい悪いというより、今回の騒動は巨人の処理のマズさに目がいって仕方ないんですよ。

しかしね、三山球団代表ですか。<身内>であるはずの日本テレビのエライさんからも<チンピラ>呼ばわりされる人ですよね。
実際チンピラだか金毘羅だか知りませんけど、この人が代表になってからなんか 『まとまる話もまとまらん』って感じでしょ。
それはもう原監督の辞任からはじまり、上原の代理人騒動、そして今回の入来と就任以来ありえばいペースで問題がおきている。これじゃまるで石ノ森章太郎の『テレビ小僧』並じゃござんせんか。

なんというかいい意味での『裏工作ができない人』って感じなんですよね。アタシみたいな余計者がこんなことをいうのは僭越なんですが、一言で言えば『稚拙』という表現が一番ピッタリくるんですね。

問題はそんな人が<球界の盟主>を自認する、大巨人軍の球団代表ってことなんですけど、このままじゃ本当に巨人が立ち上がれなくなってしまうんじゃないかと、本気で心配しているんです。

たしかにアタシは阪神贔屓のアンチ巨人ですよ。しかし巨人が存在しないことには、いやもっとはっきりいえば巨人が強大でなければ、絶対プロ野球は衰退する。これは断言できます。

いつまでも巨人が盟主ヅラをしてちゃダメだ、もうそんな時代じゃないという人もいますが、資金力を考えれば片翼を担うのは巨人以外考えられないですよ。

だからドンドン補強すればいいと思うし、バリバリのメジャーリーガーとか引っ張ってくりゃいいと思っている。ところが実際に巨人のやっていることといえば、補強とは名ばかりの<補弱>なんじゃないかと勘ぐってしまう。

2003年の巨人のウィークポイントは誰がなんといったって<ディフェンス>なんですよ。ペタジーニにプリマドンナばりの華麗な動きを見せられた日にゃ、つくづく『ああ巨人贔屓でなくて本当によかった』って思いましたもん。

アタシが不思議でならないのが、なんで巨人が本気で新庄を獲りにいかなかったかということです。新庄がセンターにはいれば、レフトの守備範囲まである程度カバーできるし、なにより華のある男ですからね。十分視聴率対策にもなりますよ。
それに阪神出身なんだから、それでまた阪神ファンも盛り上がれる。まさに一石二鳥にも三鳥にもなったのに。

野手ばかりじゃない。ピッチャーもそう。特に中継ぎ以降ですよね。オリックスは例外としても、中継ぎ・抑えは一番弱いって誰がもみてもわかるのに、目立った補強はなし。出戻りの三沢くらいでしょ。シコースキーを獲るって話もあるみたいだけど、資金力を考えたらもっともっといっぱい獲りゃいいのにって思うし。

『来年のことをいうと鬼平も仏頂面』といいますけど、来年ね、アタシはなんとしても巨人には頑張っていただきたい。独走になるとかえって盛り上がらないから、まぁこれはできればですけど、阪神とデッドヒートを繰り広げる展開になればいいなぁと本気で思ってます。

けど、堀内VS岡田って。マスメディアの中の人たちもこりゃあ弱るわなぁ…。


せめて『雨降って地固まる』となってほしい… (2003/12/18)


あまりの腹立たしさにイレギュラーで書かせていただきます。

なんですか近鉄は。新入団選手発表の席で身売り否定?
どういうことですかこれは。仮にもこれからプロ野球人生をスタートをさせようかという門出の場ですよ。結婚披露宴で離婚話するようなもんですよ。まったく何考えてんだか。

身売り否定結構ですよ。結構だけれども、それ用に会見すればすむだけの話じゃないですか。まったく<場>ってもんがあるんじゃないの?なんでそんな基本的なことができないの?

アタシは関西出身だし、結構長い間近鉄沿線に住んでました。藤井寺球場に応援に行ったこともあります。だから生半可な気持ちでこんなこといいたかないですよ。

正直もううんざりです。そりゃね、巨人にも阪神にも、それ以外の9球団にもさんざんいいたいことはありますよ。特に阪神に対しては腹に据えかねることもあった。
でもここ何年かの近鉄の球団経営だけはもう我慢ならない。

ノリの件然り。大塚の件然り。ローズの件然り。

まだ怒りがダイレクトの状態なんでこの辺でやめておきます。
もしこの文章を読んだ近鉄贔屓の人がいれば是非メールください。これは煽りでもなんでもなく、本当に心から近鉄を愛している人の意見を聞きたいだけなんです。


当世三奇人とともに (2003/12/21)


まだ入来問題の決着はついてないみたいですね。

唐突だけど。
萩本欽一が当時の日本テレビの大プロデューサー(『ゲバゲバ90分』などを手がけた)井原高忠に『アメリカに進出したい』と相談したところ、井原いわく『欽ちゃんアメリカに呼ばれたの?アメリカってのは呼ばれて行くところなんだよ』と諭したという逸話が残っている。

大家ぐらいの年齢ならいざしらず、30すぎて、しかもポスティングって。最低2年連続で実績残して『呼ばれて』からいきゃいいと思うんだけど。

今回はアタシと野球を取り巻く人々についてかきます。

そもそもアタシがこんなサイトを立ち上げたのは『思う存分野球について語りたい』と思ったからです。
というのもアタシはあんまり人と野球の話とかしないのですよ。野球に興味のない人と野球の話をしないのは当たり前なんだけど、『野球好きなんです』とか『阪神ファンで』なんて人と話していても、なんていうか、どうも温度差を感じてしまうんですね。

だから自然と『あ、この人野球好きなんだな』ってわかっても、あんまり野球の話題はふらないようになっていった。たまーに『今年の阪神調子いいな』とかそれくらい。だってこの<温度差>って気持ち悪いんですよ、しゃべってて。だったらそれ以外の話をした方がいいし。

そんな中でアタシが野球の話をする友人のこの3人くらいですね。

まず一人目。この人は友人というか、大学の先輩です。たぶん名前をだせばそこそこ有名なヒップホップクルーのひとりで、まぁラッパーってやつです。

たぶんこの人、そこまで野球が好きじゃないと思うんですよ。とはいえ日本シリーズ終盤に大阪の実家に帰って<その時>を待っていたといっていたので、まぁやっぱ好きなんですかね。

不思議なのは今まで最低3回は一緒に野球を観に行っている。記憶があいまいなだけで、本当はもっと行っているような気もするし。これは肉親や女性を除いて最多ですよ。アタシが最後に阪神戦を観に行ったのも、去年この人と東京ドームにいった時だったし。(あ、最後じゃねぇや。日本シリーズに行ってた)

電話したり会ったりしたら一度は野球の話になりますね。そんなに長時間じゃないけれど。薄い話なんだけど、この人はポイントをズラさないから、薄くても面白い話ができるのですね。

二人目。彼は前の会社の後輩で、まぁ舎弟みたいなもんです。

アタシより10歳以上下で、年に2、3度甲子園に足を運び、阪神がいい勝ち方をした次の日にはスポーツ新聞をよんでいるというような、関西に多い典型的な阪神ファンです。

彼と話していると驚くことが多いんですよ。年齢を考えたらあたりまえなんですけど、1985年の優勝をほとんど憶えていない、フィルダーがいた頃からかろうじて記憶がある、とこういうんですよ。
だからこれも当然なんですけど、弱い阪神しか知らんのです。

アタシが野球を観始めた頃も、そりゃ強くはなかったですが、せいぜい4位くらいの弱さ。もちろんこの暗黒時代も一緒に体験しているとはいえ、彼のように<阪神は弱くてあたりまえ>とは思ってないですよ。

彼はずっと『順位はどうでもいい。せめて少しでも輝くような選手がでてきてほしい』と思って応援してきたそうです。なんというか、けなげすぎます。

彼は2003年から東京に住んでいるのですが『ボクが関西から離れたら阪神が優勝した』と嘆いてます。アタシは『お前が阪神ファンになったから弱なったんやろ』とつっこみましたが、阪神が弱かったのはキミのせいではないと思うよ。たぶん。

そして三人目。さきほど<温度差>の話をしましたが、長い人生の中で唯一温度差を感じずに野球の話ができる友人、それがダスト氏です。

彼は両親が熱狂的な阪神ファンという環境で育ちました。さきの日本シリーズも彼の両親を伴って行ったのですが、ハッピで身を固めるような人たちです。谷村(阪神→阪急)と麻雀をやったことがあるというような人です。だいたい想像がつくでしょう。

そんな環境で育ったせいでしょうか。彼は逆に非常に冷静な阪神ファンです。極めて冷静な分析もできますし、論理的にプレーの説明もできます。しかしそれは表面上です。蛙の子は蛙です。内実はかなりアツい男なんです。

外見はサッカーが好きそうな感じがします。というより中田ヒデにさんざん似ているといわれています。たしかによくしゃべりますが、たぶん彼のまわりにいる多くの人は彼のことを理知的だと思っているでしょう。でも何度でもいいますが、そういう人ではないんです!

優勝間近の頃には電話で話しながら中継を観てましたし(福岡=東京間で)、DVDに阪神関連の番組を撮りまくってます。『虎の意地』(和田コーチの公式サイト)の面白さを教えてくれたのも彼でしたし、日本シリーズのチケットをくれたのも彼です。アタシもお言葉に甘えて日本シリーズの終盤は彼の家に連泊させていただきました。

これ以上かくと変な方向に行きそうなのでヤメておきますが、とにかく30歳を過ぎてここまで話の(野球以外にも)あう男に出会えただけで神様に感謝です。

ただいっとくけど、アタシゃゲイではないです。


ヤキウノウワゴト〜総括 (2003/12/31)


さぁ、2003年最後の更新ですんで、少しは総決算的な文章でも書いてみようかなと思います。

2003年はアタシの支持球団である阪神タイガースがリーグ優勝したわけで、極私的には悪い年なわけがありません。。もちろん優勝もそうですが、近年にはない感動をプロ野球から得ることができました。そしてその感動を少しでも多くの人にわかってもらいたい一心から、このようなサイトを立ち上げることにしました。そんなこんなすべて含めてかなりよい一年だったといえると思います。

一番衝撃的だったのは、星野監督勇退でしょうね。やっぱりこれで流れが変わったというかね。別に勇退報道があったから日本一になれなかったとかそういうことではなく、まさかあんな気持ちで日本シリーズを観るとは思ってなかったしね。正直星野勇退がなければ、もう少し気楽な気持ちで日本シリーズを観ていたと思うし、負けたところであんなにボロボロ落涙しなかったとも思う。
だからね、逆にいえば勇退があったからこそ2003年はより深く胸に焼き付くことになった、と後からいえることになったんでしょうね。

思えば2003年の開幕前の順位予想で≪巨人と阪神が2強≫といわれていたこと自体信じられないことでした。もちろんこれはチームが強くなったと評論家からも認められて、まぁいや付随にすぎないんだけど、一支持者からすれば、こういった付随がうれしいんですよ。

だってね
開幕前、誰が桧山と矢野がスマスマに出ると思いました?

テレビ慣れするにしたがって、選手もどんどん≪ベシャリ≫がうまくなってきている。特にこないだの忘年会の特番ね、面白かったですね〜! 特に片岡とかね。すごくいいタレントですよ。つっこまれた時の表情が自然でね、また返しもいい。笑っちゃいますからね。

ずーっとこういうのはヤクルトの選手の専売特許だったんですけど(高津とか古田とか)、阪神の選手がそれくらいのタレント性が出てきたというのは、やっぱりこれも優勝、というか強くなった恩恵なんですね。

せっかくだから2003年の各球団について思いつくままに書いてみます。

○中日
個人的には山田監督実質解雇には相当頭にきてるのです。名古屋の人はどう思っているんだろうか?

○巨人
散々な一年でしたね。
いや優勝できないのはともかくシーズンオフがね。本当にあのチンピラでいいのかキミら。

○ヤクルト
地味な一年でしたね。全体的に。まぁ高津がどうなるかはアタシも気になります。
対戦チームの支持者からすれば、鈴木健の守備は面白かったけど。

○広島
9月15日甲子園、9回ウラのマウンドに鶴田を送るという山本監督のセレクトは絶妙というしかありません。あの場面、いくら考えても鶴田以外ありえないでしょ。

○横浜
どうするんですかね。いやもちろん飛ぶボールのことですけど。
一番真剣に議論しなきゃいけないのは、投手陣の建て直しでも、線ではなく点でしかない打線でもなく、ボールのことだと思います。

○ダイエー
タレント性でいえば、実はダイエーの選手もかなりいいです。特に和田とか宗リンといったアイドル顔の選手の方が面白いのが変だねぇ。

○西武
アタシ的には≪2003年の西武=『許銘傑の「オレが豊田さん!」』(2ちゃんねるのプロ野球板の伝説的なスレッド)≫しか思い当たりません。

○近鉄
このままいけば間違いなく≪嫌いなチームNo.1≫になりそうです。ていうか現状でもそうなんだけど。
ずっと思ってたことなんだけど、阪神贔屓と近鉄贔屓って水と油な気がします。下手すりゃ巨人贔屓よりソリがあわない感じがする。くわしくはまた後日。

○ロッテ
初芝にはじまり初芝に終わった一年でした。
初めて千葉マリンスタジアムにいったのですが、ワンアウト満塁で初芝が代打ででてきた時はサイコーにシビれました。
しばらくして、福岡ドームにいった時(H-M戦)は、初芝が出てこなかったことに本気で怒りました。
ありがとう初芝!

○日本ハム
最後の最後に来て<新庄><須永><入来>のコンボで一気にブレイクしましたね。しかしねぇ、新庄・坪井の右中間ですか。すごい時代になったものです。

○オリックス
神戸(アタシの地元)に帰ってきて毎度驚かされるのは、とてもプロ野球のフランチャイズのある都市と思えないことです。
アタシはただの一度も<オリックスファン>に出会ったことがないのですが、そんなことで本当にいいのでしょうか。
やはり阪急ファンを切り捨てたのは…(アタシもかつては阪急ファンでしたから)。

そして…
○阪神
フロックで終わるなよ。

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