アタシが熱心に野球を観ていたのは1976〜1987年くらいの間です。それ以降はたいして観ていたわけじゃないんですよ。
観なくなったきっかけは大学に入ったことです。まず遊ぶのにいそがしくて野球をテレビで観るという習慣がなくなったことが大きい。一度『夜、家にいない』ことが習慣になると、わざわざ家に帰ってまで野球を観ようなんて思わなくなるのですよ。
さらにもうひとつの理由は、あまりにも阪神が弱かったこと。いくら情熱は失っていたとはいえ、負けたらやっぱ腹が立ちますからね。ただでさえ野球を観る回数が少ないのに、観ている時に万年最下位候補のチームが勝つ確率なんて絶望的に低い。観たら負ける。負けると気分が悪い。これじゃ余計に興味がなくなりますよ。
そんなことをいいながらも、たとえば八木も幻のサヨナラアーチの試合もテレビで観てたし、新庄の敬遠サヨナラタイムリーも観ていた。
甲子園にも何度か足を運んでいる。
そう、全然観てないわけじゃないんですよ。以前も書いたように、福岡に住んでいた時にはわざわざ博多駅まで大阪版サンスポを買いに行ったりもしている。でもそんなものはアタシにとって全然熱心なうちには入らないのです。
ちょっとおかしな基準かもしれませんが、甲子園に何回行ったとか、テレビで全試合観戦したとか、そんなものはアタシの中で何の価値もない。アタシにとって熱心というのは、たかが一試合の勝った負けたで放心状態になれるかどうかなんです。
実際1992年にあと一歩で優勝を逃した時も、ちょうどその時念願のクルマを買うのに必死で、『あー、まぁしょうがないな』ぐらいでしたもん。そんなんファンはおろか支持者でもなんでもないですよ。
とにかくあの頃の、暗黒時代のメンバーにはあまり思い入れがないのです。よく暗黒時代の象徴として、
藪や桧山、もしくは今岡をあげる人が多いですけど、アタシにとっての象徴は和田でした。『コイツを主力として重用してるようだから阪神は弱い。コイツが引退したら阪神もマシになるかも。また野球をみるようになるかも』ぐらいの存在でした。
何度も書きますが、和田が主力だった頃、アタシはキチンと野球を観てません。だからなのか、いまだに和田を神聖視する人の気持ちがわからない。ただね、たしかに成績的にはコンスタントでしたが、短打しか打てない、盗塁できない、守備範囲狭い、肩弱い。これぐらいのことは十分にわかっていますよ。
他にチームの顔となる選手がいての和田なら問題はなかったと思います。しかし和田がチームの顔だった。いうちゃなんですが、まがりなりにも
田淵や
掛布をみてきた人間としては物足りなく思えて当然でしょう。
何か和田を卑下するみたいな書き方になっちゃいましたが、別に嫌いではないですよ。でも笑われるかも知れないけど、アタシの場合、現役時代だけの評価でも和田より
川藤の方が上なんです。
アタシが選手を評価する時、成績なんてひとつの指針でしかないと思っている。幼稚な考えなのかもしれないけど、プロ野球選手は夢や感動を与えるための存在だと本気で思ってるから。そういう意味で和田は川藤よりも物足りなかったんですね。
なんだかんだいいながらあの時代、一番夢を与えてくれたのは新庄でしたよ。甲子園にフラッと観に行った時、彼のファインプレーをみて涙がとまらなくなったりしましたもん。ひとりで行ってたのに。
そんな新庄でさえも掛布と比べるのはかわいそうでした。もちろん成績ではなくインパクトとしても。しかもこれから田淵や掛布を超える存在の選手が阪神に現れるなんて期待は一切できないなと。そんなことを考えるうちに『もしかしたら野球に熱中するなんてことはもう二度とないのかもしれない』とすら思ってました。
そして去年です。アタシは去年から再び熱心さを取り戻しました。
たしかに選手個々はそれほどでもない。しかしチーム全体が信じられないほどインパクトの強い、夢を、感動を与えてくれる存在になっていました。
当然優勝したのもあるし、自分と同じ目線で野球を観ている
ダスト氏の存在も大きい。
しかしそれよりももっと単純に、観たら勝つ、勝つから気分がいい、気分がいいからまた観ようと思う、といういい循環になったことが一番大きかったとあらためて思います。
15年以上にわたる暗黒時代の選手より、まだたった一年ちょいしか阪神に在籍していない金本や久保田の方が、すでにアタシの中で大きな存在になっています。まぁなんとなくあたりまえの結論ですが。